亡国の歌

2009年11月9日 ポエム
あの頃僕らは何をどんな風に語り、共に過ごしていただろう。


「顔色がずいぶん悪いけど、大丈夫か」
そういうと自然な(そしておそらく他意の無い)仕草で
掌をこちらに伸ばしてきた。
大きな掌がこちらに触れて、一瞬どきりとした。
がそれはちょうど掌に隠されて見えなかったことが幸いした。
ゆっくりと心を落ち着かせて向かいの顔を見ると
「熱はねーな」
そういって触れたときと同様の自然さで掌を離した。
その自然さが、有難くもあり、また少しばかり自分を落胆させた。
心臓に小さく小さく刺さる鋭いとげに気づかなければきっと
もっと自然に触れ合えることが出来るのに
自分はその方法を知らない。
いつものようにただ淡々と
「大丈夫、気にしすぎ」
と一言応える。これでいいのだと自分を言い聞かせながら。

彼は顔をくしゃりと歪ませて笑うと
「ちゃんと食べてっかー?食べないからそんなでかくなれねーんだぞ」
こちらの頭をがしがしと力強く撫でる。
「髪の毛が乱れるからやめて欲しいんだけど」
掌の下でそう毒づきながらも、本当は嫌いではないその表情を
直視することが出来ずに下から覗き見る。
悔しいことに、普段自分よりも肉体的にも精神的にも大人だと認識している彼が
こうやって笑う時は子供のような顔をするのだ。
寒く、日照の少ない国として生まれ、長年の歴史で歪んでしまった自分には
その笑顔は本当に眩しくて温かい。
太陽の方向に引っ張られていくようだ。
その笑顔が自分に向けられた時
嬉しいと感じると同時に、自身がどうしていいのかわからなくなる。
家族にも近いスタンスで長年連れ添ってきた彼に
これ以上もっと踏み込んでいいのだろうか

伸ばされた掌を掴み返してもいいのだろうか


そう思った途端にいつも掌は容易に離れていく。

彼は、温かい。太陽みたいに。
おそらく、魂とか精神性のようなものがそんな風に出来ている。
でも太陽というのは誰にでも平等に光を注いで、平等な温かさを与える。
きっとこれが自分でなくても他の誰かでも彼は同じような笑顔で笑って
心配するのだ。
そう思った瞬間、心が少し冷たくなって空気が冷える。
掴むことを望んだ全てを諦める。

貴方がそうやって子供のような笑顔を浮かべている限りは
きっと自分は幸せだから
特別を望んではいけない。
もう、それだけでいい。

「本当にもう大丈夫だし」
そう言っていつもの表情でそうこたえ、頭の上の掌を外させる。

「お、そーか?無理はすんなよ」
その言葉と共に掌が外される。
こくりと頷くと足早にその場を立ち去る。
それ以上はうまく表情を作れる自信が無かった。

足早に立ち去り、もう彼には見えない距離まで移動した後、
気づけば隣にいたトロールが心配そうな顔で覗き込んできた。
わかっているのだろう。
「うん、大丈夫」
理解者の彼の頭を笑って撫でると、それでもまだ心配そうな顔をしていた。
「ごめん」
そう言って両腕を差し出すと、
全てを理解している彼は、自分を包み込むように大きな腕を伸ばし返して
抱きしめてくれた。その腕の中に顔をうずめると、静かに静かに
声を上げずに泣いた。


かみさまどうかあの人がわたしたちかぞくが幸せでありますように



それだけが自分の願いだから
それ以上は望まないから


トロール腕は優しくて誰かに似ている、と思ったけれど
それが誰かに気づいて思い出すには随分酷な現実だと頭の隅で思った。





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